誰も負けさせない。デザイン経営の本質とデザインの力。

「デザイン経営」の言葉、耳にしたことがある方も増えているのではないでしょうか。2018年5月に経済産業省・特許庁が『「デザイン経営」宣言』を発表し注目を集めましたが、果たしてどれだけその内容を理解できたでしょうか。

今回は、Connected Base “ASOVIVA”で2019年12月6日に開催されたセミナー「デザイン経営の実践に向けて ーブランド向上と新規事業開発による競争力獲得へー」の講師であるILY,株式会社 代表取締役 辻原 咲紀(つじはら さき)さんにお話を伺いました。
デザインの本質とはなにか。そんな根源的な質問も飛び出したインタビューをお届けします。

辻原 咲紀(つじはら さき)
ILY,株式会社 代表取締役
新卒でデザインプロダクトメーカーに就職、営業・マーケティング・商品企画・デザインの領域を横断し担当。インハウスでの広告制作やブランディングに携わるアートディレクションを携わり独立。ベンチャー企業への技術提供・企業立ち上げなどを経て、0→1、1→100まで幅広いデザインに従事。
2016年にデザインのコンサルティング&クリエイティブエージェンシーのILY.incを設立。
経営・事業開発・コミュニケーションなど領域を横断した様々なデザインに取り組む。

よく分からないよね、デザイン経営…

編集部家本(以下、家本):
今回の「デザイン経営の実践に向けて ーブランド向上と新規事業開発による競争力獲得へー」セミナーを開催した背景はどういったことでしたか。

辻原さん(以下、辻原):
2018年に『「デザイン経営」宣言』が発表されたけれど、中身をよく分かっていない人がたくさんいるんだろうな、と感じていました。例えば、「デザイン経営」の2本柱は「イノベーション力の向上」と「ブランド力の向上」なんですが、デザイン業界の人たちもその意味をちゃんと分かっているのかなと。『「デザイン経営」宣言』の資料を読んでもあまり内容が腑に落ちてこないと思うので、分かりやすく伝える機会を持ちたいなと思っていて。

家本:
私も資料を読んではみましたが、内容がスッと入って来ませんでした…。

辻原:
ですよね。「イノベーション力の向上」と「ブランド力の向上」がなぜ企業にとって競争力の向上になるのかをしっかり説明できる人がまだ少ないんです。特に、東京を離れるとその傾向は強まると思います。そんな中、エスケイワードさんにお声がけいただいて、今回名古屋で開催の運びとなりました。

“DESIGN” と “design”

家本:
「デザイン経営」のように最近は「デザイン」の言葉が様々な場面で使われるようになったと感じるのですが、そもそも「デザイン」の本質は何なのでしょうか…。

辻原:
日本で「デザイン」は「モノを作る」の意味でイメージされることが多いですよね。クリエイターのような。私は一時期「デザイナー」と名乗るのが嫌だった時期がありまして(笑)、そう名乗ると必ず「服のデザイナー?」と聞かれるんです。

デザインの本来の意味は「設計」です。海外では区別されるのですが、大文字でDESIGNと表記すると「設計」の意味、小文字でdesignと表記すると「意匠」の意味になります。
「デザインシンキング」のキーワードも聞かれるようになってきたと思いますが、これはdesign(意匠)していた人たちの思考方法をDESIGN(設計)にも取り入れていこうというものです。なので、手でモノを作ってきた人たちの考え方を経営に取り入れるのも、必然的な流れかなと思っています。

デザインは「人の認知を前提とした、情報設計と表現の技術」なんです。例えばExcel内にデータが大量に並んでいて、それを見ただけでは人はうまく認知できないですよね。それを分類したり見出しをつけたり、人が認知しやすいように整えるのもデザインです。

「人の認知」を前提とした情報設計+表現技術

家本:
なるほど。そのデザインの定義は、ILY,内ではみなさん共通認識とされているのでしょうか。

辻原:
大文字DESIGNと小文字designの違いは必ず伝えています。でもデザイン自体の解釈はメンバーがそれぞれ持っているものもあるので、そこは幅があっていいかなと思っています。
デザインが課題解決の手法であること、誰も負けさせないものであることは、共通認識としてみんな持っていますね。

課題を解決し、みんなを幸せにするデザインの力

家本:
誰も負けさせない、これはどういうことでしょうか。

辻原:
win-winであったり、3者ならば3者のうち誰も損をしない関係性をつくれる、みんな良い均衡を保っているのが良いデザインだと考えています。
私が大好きなエピソードがありまして、「フォークの歯は何本?」という話です。

家本:
フォークの歯…4本でしたっけ!?

辻原:
正解です(笑)!でも昔は3本歯だったんです。イタリアの王様が庶民の食べ物だったパスタが大好きで、なんとかそれを宮廷でも食べたいと要望して、パスタを行儀よく美しく食べるために考案されたのが4本歯のフォークなんです。
ディナーでパスタを食べたい王様の課題を、フォークの歯を3本から4本にするデザインで解決したんですよね。そして、ディナーで食べられるようになってパスタの文化も花開いていった。みんな幸せですよね。

家本:
へぇ~!デザインの力がなんだか分かってきました。

辻原:
この話を聞いた時に、私も「デザイナーって良い仕事じゃないか」って思えたんです。こんなデザインをしたいですね。

家本:
デザインの本質が課題解決であり、誰も負けさせない=みんな幸せになれることだとよく分かりました。

デザインの価値

家本:
辻原さんご自身が関わられたお仕事で、デザインの力を発揮できた!と思い出深いものはありますか。

辻原:
一番思い出深いのはホテルのリブランディングのお仕事です。ロゴをつくるところからスタートしたコンペだったのですが、私はRFP(提案依頼書)に提示されていたホテルの名称を少し変更して制作したロゴを提案したんです。そのホテルが今後獲得したいターゲット層や提示したい世界観もRFPに明記されていたのですが、それを見ると絶対にカッコイイ路線がふさわしいと思えたので。
ロゴを単なるビジュアルデザインとしてではなく「本当に必要なもの」として長期的な視点をもってそれをきちんと説明したら、お客様にも分かっていただけて、そのロゴを採用していただけました。意匠としてのロゴデザインだけではなくて、ターゲット層や中長期的な視野を含む事業計画に合わせた設計も大事だと伝わったのだと実感できた仕事でしたね。

でも、実際にはまだまだフォークのエピソードのようなご依頼は少ないですね。意匠のdesignをご依頼いただいて関わっていくうちに、DESIGNも重要だと分かったから設計フェーズから参加してほしいとご相談いただくことがようやく出てきたところです。

家本:
辻原さんの仰るデザインの本質がじわじわ世の中に理解されてきているのかもしれませんね。

辻原:
そうですね。これまでは例えばブランディングの仕事でも、見せかけだけを良くするようなものもあったと思うんです。それが最近は本質を良くしようと変わってきた気がしています。組織運営にまでデザイナーの力が求められる風潮も出てきたので、良い流れだなと思います。
色んな思考が非線的に繋がって課題解決のソリューションになると思うんですけど、それってヒトにしかできない。デザインは非常に人間的な仕事だなと感じますね。

「人間中心」のデザイン思考

家本:
名古屋エリアは製造業を中心に栄えている地域ですが、今後どんな業種でも「デザイン思考」は必要となっていくのでしょうか。

辻原:
はじめにデザイン思考が取り入れられるようになったのは、スタートアップ企業からかと思います。デザイン思考でのプロダクト作成は、必ずテストとフィードバックを行うので、お金がない中でミニマムのプロダクトをいかに早く作るかを求めるスタートアップに合っているんですよね。スタートアップにソフトウェア開発が多いというところから、今はソフトウェア開発にデザイン思考がよく用いられていると思いますが、ハードウェアの開発にも応用すべきだと思います。
日本のハードウェアメーカーは、ユーザーのフィードバックをもらったりするのが苦手なところが多いですよね。訴求の方法でも、つい自分たちの製品の良さ、技術を伝えたくなってしまう。
でもユーザーが知りたいのはそこではなくて、その製品を手に入れて自分の生活がどう変わるかですよね。新規事業を考えていく際にも、サブスクリプション型が広まっているのもありますし、ユーザーの体験をベースにしたものが今後は必要だと思うので、そういった意味でもデザイン思考は役立つのではないかなと思いますね。

デザインはとてもやわらかい技術だと思います。「私はこう感じる」そんな定性的なところから始まります。日本人は「どう感じるか」を言語化することが苦手な人が多いのかなと。
企業のブランディングのご依頼をいただいたときに、まずはじめに「自分の会社の雰囲気を言葉で表す」ことをやってもらいます。そこの言葉を社内で揃えてもらうところが第一歩ですね。

家本:
私も良いなと思ったモノをつい「かわいい」の一言で表現してしまったりしまいます。それを「なぜかわいいのか?」と考えていくところがデザイン思考の入口でしょうか。

辻原:
そうですね。ある人がそのモノをどう感じるのか、その人に思考を合わせて没入していくのがデザイン思考の始まりですね。そこから課題を解決していきます。
理論ベースで色んなことに取り組んできた世の中の流れで、三者三様の正論を言われる正解地獄のような状況があったりするじゃないですか。そんなところにも人の認知、つまり人間を中心としたデザイン思考が力を発揮するかなと思います。
デザイン思考が課題解決の力なのに対して、課題自体の発見にはアート思考があるのですが、それはまた別の機会に…(笑)。

家本:
アート思考もとても気になります!いつかお話聞かせてください…!

実はやってる?デザイン経営

家本:
辻原さんがこれまで様々なクライアントを支援するなかで、「デザイン経営」の言葉を使っていなくても、企業が自社の強みを打ち出すためにそれに通ずる取り組みをしていたことってありましたでしょうか。

辻原:
有名なところでいうと、佐藤可士和さんのご活躍でしょうか。経営では「戦略、作戦、戦術、兵站」の言葉が使われますが、デザインやクリエイティブは「兵站」の部分だったんです。それが、佐藤可士和さんや箭内道彦さんのご活躍で戦略の部分からデザインやクリエイティブの力が使われるようになりました。

家本:
佐藤可士和さんのご活躍というと10年前ですよね…。最近になってようやく多くの人がその有用性に気づいたのでしょうか。

辻原:
デザインを経営に活かす重要性になんとなく気づいてはいたものの、理論化できる人がいなかったのかなと思います。
「経営者に重要な3つの要素」なんて題目がよくあると思うのですが、そういうのってだいたい「心技体」のことだな、と最近気づきまして。「アート、クラフト、サイエンス」もですし「Business, Technology, Creative」も同義ですね。
デザインはそれらの「心」「アート」「Creative」の部分を担っています。なので、昔から重要視はされていたんですね。

話が最初に戻りますが、『「デザイン経営」宣言』のなかで「高度デザイン人材を経営に入れること」が条件に上げられています。でも「高度デザイン人材」って何のことなのかよく分かりませんよね。
そういうよく分からないところを昔からある「心技体」だったり、もう少し分かりやすい表現にしていけばもっと「デザイン経営」を身近に感じてもらえるのではないか、と思います。

家本:
「デザイン経営」の言葉が出てきたのは最近でも、似たような取り組みはきっとあったんですよね。

辻原:
そうですね。色々な企業の支援をさせていただいたり、自分も会社経営をするなかで、良い会社をデザインすることは良い社会をデザインすることだと考えるようになりました。良い未来を思い描きながら、会社の見せかけだけではなく中身やアクションまでを変えていくこと。難しく考えずに、やわらかく、誰も負けさせない良い社会にするには会社をどうしていったらいいか、そんなことを考えるのがデザイン経営なのかなと思います。

家本:
会社経営をどうしていくかを考えること自体が、「DESIGN」だと言えますね。

辻原:
そうですね。会社を好循環で回していくためには、好循環になる仕組みをデザインする必要がありますよね。先のお話にあったようにデザインは「人の認知を前提とした」ものですので、好循環になる仕組みを人を中心として考えていけば、それがデザイン経営と言えるのではないでしょうか。

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難しく感じていた「デザイン経営」。今回辻原さんのお話を伺って、デザインの力とそれがなぜ経営に効くのか、イメージが湧いてきました。
辻原さんのお話を通じて、デザインの力が少しでもみなさんに伝わったら嬉しいです。

私たちもデザインの力を信じ、これからも発信を続けていきます。