リベラルアーツから始める新規事業構想

エスケイワードで2019年10月~2020年3月に実施された「PASセミナー」。”Passion and Sense making” と題した新規事業構想創出を目的としたこのセミナーでは、参加者ひとりひとりが自分と会社と社会を見つめ、もがきながらも楽しんで事業構想を検討していきました。

このセミナーをなぜ実施し、どう進めていったのか。

セミナーの最終発表を終え興奮冷めやらぬなか、講師を勤めてくださったNPO Talking代表 日渡健介さんとエスケイワード代表 加藤、セミナーを運営した櫻井にインタビューを行いました。

アイデアが生まれる仕組みをつくる

編集部 家本:「PASセミナー」私も半年間とても楽しく参加させていただきました。これまで勝手にイメージしていた新規事業をつくることとはちょっと違ったなと受講してみて感じています。まず、このセミナーを開催しようと思ったきっかけや背景を聞かせてください。

エスケイワード加藤:エスケイワードはこの55年間、業容を拡大・変遷させながら進んできました。昨年頃から、次の時代に向けて何か新しいことを始めなければならないと思い、2019年4月に新規事業開発推進グループを立ち上げました。その中で櫻井くんと、当然だけど新規事業のアイデアがいきなり生まれるようなものではないと話していて。事業構想を生み出すための仕組みを考えてほしいとお願いしたんです。

エスケイワード櫻井:会社の中で事業構想が生まれるような環境をつくってほしいと、そんなオーダーだと捉えてセミナーの枠組みを検討しました。

エスケイワード加藤:櫻井くんと対話していくなかで、リベラルアーツやセンスメイキングがキーワードとして出てきましたね。新規事業を構想していくには、様々な角度から物事を捉えられるようにある程度総合的な学びが必要だと感じたんです。

櫻井:リベラルアーツがテーマなら、講師は日渡さんにお願いしたいと考えました。以前お手伝いしていたNPOでご一緒した経験や日渡さんの講義を聞いたことから、知識の広さに驚き、この人しかいないと。

家本:そんな経緯で講師の打診を受けた日渡さんですが、率直にどのように感じられましたか。

NPO Talking代表 日渡氏:読書会を10年以上続けてきたので、リベラルアーツがテーマの研修ならできると思っていました。会社の中で事業構想が生まれるような環境をつくるのであれば、参加者が自由にディスカッションできる方が良いのではないかと。それで、まずは読書会から始めることにしました。様々な分野の講師を呼んできて座学で進める案もあったのですが、まずは参加者が自分の力で考えて自分の言葉で語ることが大事だと思ったんです。

家本:全10回にわたるセミナーでしたが、初めから全体の構想があったのでしょうか。

日渡氏:リベラルアーツの研修ってあるようでなくて、参考にできるサービスもありませんでした。なので、櫻井くんと相談しながら少しずつ作りました。

加藤:当初、セミナー後半は起業家・実業家の方を招いて講義をしてもらうつもりだったのですが、日渡さんのリベラルアーツ読書会が想像以上に楽しかったので(笑)、そのままセミナー後半までお願いすることにしました。

家本:そんな経緯だったのですね(笑)。日渡さんと櫻井さんお二人でセミナーの構成をされていったとのことですが、どのように各回の内容を考えていかれたのですか。

日渡氏:まずリベラルアーツは加藤さんからのオーダーでもありましたし、僕自身も事業にとって重要だと分かっていたので、3回を使ってエスケイワードの事業にちなんだコミュニケーションをテーマとした課題図書を3冊読んでいきましたよね。ここではみなさんに「コミュニケーションてなんだ?」を深めてもらえたと思います。
次のフェーズをどうしようかと考えたときに、これまでNPOや社会起業、一般企業とたくさんの事例を見てきたなかで、みんな新規事業って上手くいってなかったことを思い出しました。事業を構想する本人の問題意識が浅かったり、社会に対する知識が足りなかったり、企業の経営資源や文化とのつながりが薄かったり…。それぞれの上手くいっていない原因を振り返って改善したら良い新規事業の研修ができるんではないかと考えて、第2フェーズでは自己、企業、社会それぞれを深掘りしていく内容としましたね。

櫻井:最初から全10回の構成ができていたわけではなくて、進めながら考えていっていましたね。人が受講する以上、研修もナマモノなので、みなさんの反応を見ながら次回をどんな展開にするか調整していきました。

家本:研修やセミナーは型にはまった内容が決まっているものと印象を持っていたので、ちょっと意外ですね。
意外といえば、第1フェーズ読書会でのコミュニケーションをテーマにした3冊の選書も意外性がありました。

日渡氏:加藤さんも「なんでこんな本を読まされるんだと思った」と2冊目のときに仰ってましたもんね(笑)。

課題図書の写真

※課題図書は以下の3冊でした。
「ヒトの心はどう進化したのか: 狩猟採集生活が生んだもの」鈴木 光太郎 著(ちくま新書)
「ヴィゴツキー入門」柴田 義松 著(寺子屋新書)
「日本デザイン論」伊藤 ていじ 著(SD選書 5)

多様な意見も受け入れる土壌

家本:コミュニケーションを事業の軸にしている企業だということ以外、エスケイワードのことはあまりご存知なかったと思いますが、半年経った現在でエスケイワードへの印象は変わりましたか。

日渡氏:まずASOVIVAを紹介されたので、「業務以外にも何か新しいことをしていく意識のある会社」の印象を持ちました。そこから大きく印象は変わっていないですね。
セミナー参加者のみなさんが思ったより能動的だったことも印象的でした。例えば課題図書を読んでそれに対して自分の意見を伝えることだけでも、慣れない方は戸惑うこともあるんですが、みなさんすぐに自分の意見を言えていましたよね。
セミナーの第2フェーズでエスケイワードに対するイメージを参加者ひとりひとりに出してもらったときには、みなさんがそれぞれ異なるイメージを持っていて、色んな意見を受け入れる土壌のある会社なんだなと感じました。
半年にわたるセミナーでしたが、途中からラジオ体操の時間が入るようになって(笑)。色んなことをやる、面白味のある会社だなと。

加藤:ラジオ体操の時間も受け入れてくださりありがとうございます(笑)。
このセミナーの効果なのかは分かりませんが、最近色々な場面で社員のみんなが自分の意見を伝えてくれるようになったなと感じています。

櫻井:PASセミナーの参加者が楽しそうにセミナーから戻ってくる、と社内で言われたことがありました。直接的なセミナーの効果かは分かりませんが、楽しそうなムードのある職場のほうが意見も言いやすくなりますよね。

家本:たしかにセミナー参加後は頭を使って心地良い疲れを感じながらも、楽しかった空気をオフィスに持ち帰っていたかもしれません(笑)。

事業とは何か

家本:「新規事業をつくる」ことに対して、セミナー開催前と現在で考えが変わったことはございますか。

日渡氏:そもそも開催前は「新規事業をつくる」ことについて真剣に考えたことはなかったのですが、セミナーを通して気づいたことは2つあります。

1つ目は、リベラルアーツと新規事業のつながりがセミナーの終盤でようやくみえたことです。セミナーでも度々紹介したアラン・ケイの「ダイナブック構想」の事例は、よく考えてみたらリベラルアーツの塊だったんです。「ダイナブック構想」は現在のパーソナルコンピュータの起源ともいうべき極めて革新的なコンセプトなんですが、そこにはテクノロジーの話だけでなく、メディア論や発達心理学、教育学といったさまざまな領域の知識がつかわれていて。ビジネスの革新的なアイディアはビジネスの外部から生まれるんだとわかったのは大きな発見でした。

もう1つは、物凄く面白いアイデアは形にしていくのに長い時間がかかり、色々な人が関わっていくことです。1つの会社の中で開発が完結してしまうようなアイデアは本音を言ってしまえば新規事業として面白くはないですね。先ほどのパーソナルコンピュータも、現在iPadのような形をとって手元にあるわけですが、アラン・ケイが「ダイナブック構想」を打ち出してから40年以上経って初めて実現したんです。そこに至るまでには世界中の膨大な数の企業の成功と失敗の物語がある
売上のために新規事業をつくることはそれはそれで良いと思いますが、もっと視野を広げて「こんな社会にしたい」という大きな構想と熱意をもって未知のことにチャレンジしていくことが価値のある事業を生むのかなと。
そう思えるようになったのはこのセミナーを通しての発見ですね。

ひとりひとりの持つ核を引き出す

最終発表の後、修了証書としてひとりひとりに日渡氏が選んだ本が授与されました。

家本:本日このインタビューの前にPASセミナーの最終プレゼンが行われましたが、参加者たちの事業構想発表を聞いてみてどのように感じられましたか。

櫻井:今回セミナーを通じて事業構想には個人の想いを入れてほしいと考えていたので、みなさんの発表にそこが入っていて嬉しかったですね。先ほど日渡さんのお話にもあったように、どんな社会にしていきたいか、そのために自社の強みをどう活かせるか、それらをひとりひとりが熱量を持てるジャンルで考えてくれたと思える発表でした。
事業化したら続けていかなくてはならないので、それには熱量が必要ですよね。みなさんそれぞれ楽しそうに発表をしてくれていたので、熱量を持てることを見つけられたのかなと主催側としても嬉しく感じました。

日渡氏:僕もみなさんの発表はとても面白かったです。発見があったのは、ひとりひとりが掲げているテーマがセミナー開始直後とあまり変わっていなかったことですね。全10回を通して様々なインプットをしてきましたが、参加者のみなさんが取り組みたいテーマは変わらなかった。だけど、テーマに対する深みはすごく増していて、発表を聞いて納得感がありましたね。今回発表してもらった構想がそのまま実現するかは分かりませんが、何かを生み出す核となるものがひとりひとりに出来たかなと感じています。

加藤:全員の構想がわりと近いものだったので、そこに今の社会の課題やニーズがあるのかなと思いましたね。つながり、場づくり、伝統、文化といったキーワードでしたよね。
今回セミナー参加者にエンジニアのメンバーはいなかったのですが、もしそういったメンバーがいたらどんな発表をしたかなと興味がありますね。

家本:このセミナーのプロセスはとても面白かったですし自分自身を振り返ることもできたので、ぜひ他の社員にも体験してほしいですね。

櫻井:セミナー全体を通じて、構想のプロセスやプロトタイピング、アウトプットの重要性は学んでいただけたかなと思っています。

加藤:セミナーの最初に行った概念化や言語化の方法は、あれ以来ずっと活用しています。参加者ひとりひとりの考えや意見を引き出すファシリテーションも今回体験し重要性を実感できたことの一つですね。

日渡氏:参加者のみなさんがどんなことを言ってくれるのかすごく興味がありましたね。想像と全然違うことを言ったらそれはそれで楽しいですし。その人にしか語れない言葉が出てくる瞬間がファシリテーションの醍醐味だと思います。
「コミュニケーション」の意味を考え分解する概念化のワークを初回でやりましたが、何らかのテーマについてみんなで議論して意見を交わし合うことって面白いですよね。情報の一方的な受け渡しではなくて、お互いの個性を認め合っていくようなコミュニケーションのあり方をこのセミナー全体を通じて実感してもらえたのではないかと思っています。
ネガティブな意見でも出していくことが大事だと思います。例えば課題図書に対しても「つまらなかった」「こんな本を読まされてムカついた」といったネガティブな意見でも、実はそこを超えると見えてくる異次元の面白さがあったりするので。ネガティブな意見こそが議論を発展させるスイッチになりますね。

家本:セミナー参加中、ネガティブな意見でも受け入れてもらえることで意見が出しやすくなっているとも感じられました。

加藤:このセミナーを通じて得られたことはたくさんあるので、今後は社外の方も巻き込んで読書会やリベラルアーツの学びを広げていきたいですね。

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新規事業をつくる。ビジネススクールのようなイメージを持って私自身も参加してみたPASセミナー。半年間参加した今得たものは、なぜ自分が今この仕事をしているのか、この仕事を通じてどんなことを成し遂げたいのか、まさに核となるものでした。
すぐに新規事業として立ち上げるものはありませんが、今取り組んでいる仕事自体に新たな気持ちで向き合えるようになったと感じています。

世の中がどうなっていくか分からない時代、納得して生きていくには自分自身の考えや価値観を明確にし、自分の核を持つことが必要になるでしょう。
核を形作っていくには、これまでの経験や学びを繋いでいくことが重要です。そして、できた核を発展させていくには、学び続けることも必要です。

みなさんも、ご自分の核を引き出すために、リベラルアーツから始めてみませんか。

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